第5章 · 2 / 5
手揉み製茶の理論と目標
揉むことの究極の目標は、表面の水だけでなく葉の内部に残る「芯水」まで抜き切ること。圧力・熱・乾燥をどう時間配分するのか、その理論を扱います。
茶葉を揉むことの究極の目標は、茶葉の水分をうまく抜くことです。
ここで大切なのは、表面に付いた水だけでなく、葉の内部に残る水——いわゆる「芯水」——まで抜き切ることです。
チャノキは亜熱帯から温暖な地域に育つ常緑樹で、摘んだばかりの葉は全体に水分が満ち満ちています。
この水分を、外側も芯も含めてしっかりと脱水していく必要があります。
では、揉まずに乾燥させるだけでは不充分なのでしょうか。
答えは茶の種類によって異なります。
たとえば白茶は、伝統的には萎凋と乾燥を主体とし、揉捻を行わない製法で作られます。
一方、煎茶など多くの緑茶では、加熱工程を経たうえで揉むのが基本です。
ただし緑茶にも例外はあり、抹茶の原料となる碾茶のように揉まずに乾燥させるものもあります。
いずれにしても共通して言えるのは、摘んだままの茶葉を無管理のまま外気にさらして乾かすだけでは、意図しない酸化や品質のばらつきを招きやすいということです。
意図を持った加工こそが、茶葉の品質を引き出し、安定させる鍵となります。
そのうえで、揉む操作には副次的な利点もあります。
小さくまとまった茶葉は元の形状に比べて表面積がごく小さくなるため、保管中に外気の影響を受けにくくなり、お湯で抽出したときの風味も安定・向上します。
では具体的に、どのような手順・スピード感で水を抜いていけばよいのでしょうか。
これは各地の茶文化によって実にさまざまですが、流派を超えて語られる経験則があります。
それは、工程中に加える”
働きかけ”
の強さを時間軸で見たときに、その変化が滑らかなS字カーブを描くように進める、という考え方です。
静かに入り、中盤で作用を強め、終わりに向けて静かに抜いていく——この形です。
この原則は、圧力のかけ方だけでなく、熱や乾燥の与え方にも同じように当てはまります。
たとえば、まだ水分をたっぷり含んだ茶葉にいきなり高温の熱風を強く当て、一気に乾かそうとするのは有効ではありません。
表面だけが先に乾いて芯水が抜けきらなかったり、色沢や香りを損なったりする原因になります。
熱も圧力と同じく、入り方と抜き方の両端をなだらかに扱い、中盤で充分に働かせるのが基本です。
つまりS字カーブとは、単に揉みの強弱の話ではなく、揉みの工程における圧力、熱、乾燥といった作用の時間的プロファイルに共通する原則だと捉えるのがよいでしょう。
なお、揉みに先立つ加熱工程、つまり蒸し・炒りは、酵素の働きを短時間で止めることが目的の工程なので、ここで取り上げるS字カーブの原則は当てはまりません。
蒸し・炒りではむしろ、必要な強さの熱を手早く作用させることが求められる、性格の異なる工程です。
S字カーブの話は、あくまで蒸し・炒りを終えた後の揉み・乾燥の工程についての原則だと理解してください。
それではまずは圧力について見ていきましょう。
急に動かすほど瞬間的な衝撃力は大きくなります。
まだ元の形を保っている茶葉にいきなり強い圧力を加えると、葉が一気に壊れてしまいます。
細胞や組織の物理的な損傷は、色沢の低下やえぐみの原因になりやすいとされます。
ですから手揉みを始めた最初のうちは、茶葉にかける圧力を最小限に抑え、様子を見ながら徐々に圧力を上げたり、揉み方そのものを切り替えたりしながら、そのときどきに最適な力のかけ方へ移行していきます。
圧力をかけ続けた茶葉から急激に力を抜くのも、同じように品質の低下につながりやすい動きです。
それまで寄り集まっていた茶葉が急に外気にさらされると、水分が一気に放出されてしまうからです。
工程の終わりに向けても、圧力は徐々に和らげていく必要があります。
同じ考え方は、揉み工程と並行して進む乾燥の場面にもそのまま当てはまります。
序盤からいきなり強い熱を当てるのではなく、低めの温度で穏やかに水分を動かし始め、中盤で茶葉の状態を見ながら熱を充分に働かせ、終盤は再び穏やかに落としていく—このS字の描き方が、芯水までしっかり抜きつつ、色と香りを守ることにつながります。
また、高温短時間で一気に仕上げようとすると、次に述べる「上乾き」が発生します。
表面だけが乾いて芯に水が残ったり、せっかくの香気成分が飛んでしまうのです。
熱の扱いもまた、入り方と抜き方の丁寧さが仕上がりを決めます。
以上をうまく進めるために常に意識しておきたいのが、茶葉の表面だけが先に乾いてしまう現象——いわゆる「上乾き」——を防ぐことです。
表面だけが乾いた状態で揉むと、乾いた外側が先に砕けたりひび割れたりして、色沢も冴えなくなります。
結果として茶葉はダメージを受け、品質の低下を招きます。
初めから最後まで美しい光沢と色を保ったまま仕上げていくのが理想といえます。