第2章 · 3 / 5
国家・宗教・商業と食文化
仏教の托鉢と三種の浄肉、ヒンドゥーのカーストごとの食規範、イスラームのハラール。食べ物そのものではなく、社会的規律やタブーが私たちの食と健康をどう規定してきたのかを見ます。
私たちが毎日食べているもの、特別なときに食べるものは 太古の昔から引き継がれている食文化の一つかもしれません。
そこには、地理的環境・気候が反映されているとともに、社会的、信仰的な要素も色濃くある可能性があります。
つまり食べ物自体ではない社会的規律・タブーなどが私たちの健康に関与しているのです。
そもそもなぜ食事を規定するのでしょうか?
それは純粋に、生命活動を続けるためということができます。
人間に食べ物は必須であり、食べ物は人間に合わせて適切に処理されなければなりません。
食べ物の元となる植物・動物も、人間にとって有用な種類・部位を分別する必要があります。
農耕社会が台頭してきた新石器時代はもとより、狩猟採集社会であった旧石器時代においても あらゆる集団の単位で最低限の「食のルール」が存在したはずです。
農耕社会が高度化してきて、人々の生活にリズム、パターンができてくると 合わせて生活のルールも高度化してきます。
おおよそ紀元前二千年前後から各地で、高度に体系化された生活の知恵、あるいは医術のようなものが現れます。
インド亜大陸の土着文化と外来文明が融合してできたアーユルヴェーダ、 黄河文明と長江文明、古代の南中国の土着文化が融合した黄帝内経など。
そしてキリスト教や仏教、儒教といった世界宗教が発生したいわゆる「枢軸の時代」以降には、儒教の礼儀や、道教の養生法などが立ち現れてきます。
例えば仏教を例に取ってみます。
紀元前5〜4世紀の頃、混迷を極めた当時のインド社会の中で、ブッダは様々な方針を示します。
その一つが、托鉢。
自ら生産するのではなく、あくまで「食は恵まれるもの」という思想を托鉢というシステムに込めました。
また、三種の浄肉。
初期の仏教では、殺生に関わる肉食は原則タブーとしたいが、完全にタブーとすることは人々の多様な状況を鑑みると現実的ではないことから、現実生活との調和を意図し「自身が殺生に関わってない肉はOK」という規定としました。
この大前提には、殺生禁止という強いポリシーがあります。
インドのヒンドゥー教は、古代ヴェーダの伝統を基盤とし、仏教などとの影響関係の中から形成されてきました。
ここにも独特な食法があります。
例えば、カーストごとの食規範です。
ブラフミンは菜食中心で清浄を重んじ、下層カーストは動物性食品を含む多様な食を取る傾向がありました。
また、ヒンドゥー社会になってから牛は神聖視され、牛肉を食べることが禁じられるようになりました。
食事の共有にも厳格な制限があったとされています。
イスラム教の食法についても触れた方がいいでしょう。
イスラム教における唯一神の存在が、食法を強く規定しているのが特徴的です。
ハラールとハラーム:食べてよいもの(ハラール)と、禁じられたもの(ハラーム)がコーランとハディースに基づき明確化されています。
豚肉や血液、死肉、酒などは禁忌です。
屠殺方法(ザビーハ):動物は「アッラーの名を唱えて」屠殺される必要があり、このプロセスによって清浄とされます。
日常生活の律動との関係:ラマダンに代表されるように、断食を含む食の規律は信仰生活そのものと密接に結びついています。
宗教発生前後の食法の違いについて、以前は個人に応じた食事法を解いていたのに対し、以後は宗教的、社会的純潔性を重視し、個人の体質よりも階層や儀礼に基づいて決まりを定めていたということができます。
国家による食の統制と変容
極東の島国である日本に仏教が持ち込まれたのは、飛鳥時代とされています。
中国の唐に「律令国家」という高度に設計された統治システムを学び、できて間もない大和の国家にこのシステムを導入しようとします。
ここで活用されたのが、大仏をシンボルとする仏教です。
天武天皇の肉食禁止令は「牛・馬・犬・猿・鶏」、に限定された一時的なものでしたが、この頃から日本では「肉食禁止」がルールとして現れました。
民俗学者である原田信男がいうように、日本の食の歴史を語る上では、肉と米をめぐるドラマに触れないわけにはいきません。
食肉も含めて、あらゆる食・環境がかつては食文化を形作ってきたわけですが、国家成立以降、仏教導入以降、国家的な政策のもとで特定の食・環境、つまりとりわけ米と菜食主義が国民に要求されたわけです。
例えば、獣肉や魚肉によって調整された肉醤は、国家的な体制による特別な管理を要する穀醤へと移行しました。
また、米を効率よく生産するために各地の生態系は水田稲作に適応し、画一的な様相を呈していくことになりました。
そして、天皇を至高とした「瑞穂の国」ができていくことになります。
共食:土地と人、社会を繋ぐシステム
集団はルールを必要とします。
そして高度に組織される集団には、より高次のルールが求められます。
モンスーンアジアの各地において、古代から現代まで、食はこの集団ルールの中核を担い、集団の「団結力」を高めてきました。
この団結力を生むための触媒、行為が「共食」です。
国家成立以前のアニミズム的な社会においては、生活の中の特別なタイミングに各種の「カミ」に相応の食物を供える風習がありました。
例えば山の神に対して御神酒を供えたり、畑の豊穣の神に対して鳥、牛のような生贄を捧げたり、といったことです。
こうして先ず高次の存在、何らかの神に貴重な食物を供えた後、関係する人間たちがこの食物を食す行為があり、このあたかも神が人間に食べ物を「餞別」している表象的プロセスを指して、「神饌」という文化的手続きが発生しました。
神饌の目的は、神との「一体感」を得ることと考えられています。
神饌は、神饌料理としてその形式を現代でも維持しています。
時代は流れていき、やがて神的な存在は人間たちの祖先に置き換わります。
人間は自身の家系における祖先を意識して食物を供えるようになります。
目に見えないという点ではアニミズムの頃と変わりませんが、この段階では神がより身近な存在となっていることがポイントです。
近代以降は、より身近となります。
つまり、目に見える人たち、家族、その他親しい人たちといった現世的な存在が、かつての神的位置付けにきます。
一般的に共食と言うと、この段階で言う共食が想起されます。
一家団欒での晩御飯、仲間たちが一堂に会する会席料理、宴会。
そして、客人をおもてなしするため史上最高度に設計された懐石料理。
少し特別な位置付けである懐石料理を除いて、人と人とが繋がる共食の場に共通するのは、一つの空間に食物が一度に展開され、その場のすべての参加者に開かれているということです。
これは「空間展開型」の食卓文化といわれ、「時系列型」であるコース料理で構成される食卓とは明確に異なる雰囲気、「一体感」が特徴です。
現世的な「共食」は、「同じ釜のメシを食した同志」を形成するための食卓文化、器とも考えることができるでしょう。
総じて、モンスーンアジアの食卓文化には「一体感」を高める目標があるのだと言えます。
都市が巨大化、高度化してくるとともに資本主義的な思想が都市の人々の生活に浸透していきました。
ヨーロッパでは商業資本(貿易・金融)が発展し、ギルドや封建的規制から自由な市場取引が広がり始めました。
一方で日本では、江戸時代の半ばまでは米を基準とする農本主義社会でしたが、都市の巨大化とともに商人・市場経済・金融システムが発達し、現代の資本主義へとつながる基盤が江戸時代後期に形成されました。
忙しく回る都市の空間には、自然と外食文化が誕生します。
お店は「美味」を追求し、都市の人々もそれを求めました。
料理は洗練されていき、味わいの邪魔になるようなものは削がれていきました。
華やかな食文化が開いていったわけですが、弊害もありました。
象徴的なのが、「江戸患い」。
これは、白米の多食、日本酒の多飲からビタミンB1不足が引き起こされ脚気に至るという、都市の食文化由来の病でした。
江戸患いの教訓は、「極端な偏り、精製は健康を害する」です。
つまり、本来はデンプン・食物繊維・ビタミンとミネラル、といった土地由来の多様な栄養素を持つ玄米をほとんど削いでしまい、真っ白いデンプンのみの白米ばかりを多食した結果が脚気であり、これは土地の要素を切り離したことの弊害を象徴しています。
江戸患いはあくまで一例で、都市型食文化には華やかな面と、その反動とも言うべき退廃的な面があるようです。
この傾向は現代まで続いています。
解体される伝統社会と台頭する企業
外食文化の実態は基本的にはビジネスです。
ここに土地と人との繋がりはほとんどありません。
都市が広がれば、ビジネスが拡大し、そして人と土地との繋がりは薄れていきます。
自然と伝統社会は解体されていき、代わりに企業が台頭してきます。
現代において、多くの人々の食事について企業が大きな影響を与えています。
その現代の重要な課題が「健康」であることは、お金、ビジネスを基盤としている現代の食文化の何らかの欠陥を示唆していると考えられます。
健康に生きたいと願う個人は、自身の手で食事内容をコントロールする必要があります。
食材、調理方法、味付けなど。
また、食事の環境を意識的に自分仕様に整える必要があります。
自身に合う気候、水、風景など。
遺伝学およびエピジェネティックの研究が明かしたのは、人間は個人単位で体質が異なるということです。
どのような食事が合うのかは、人それぞれ異なるのです。
もはや、ビジネスライクな食文化はもとより、伝統社会の食文化、古代の食文化の叡智であっても、あくまで参照するまでに留めておくのが賢明です。
個人は自身の体質や現代の環境を考慮し、食事の内容、環境などを自ら取捨選択する必要があります。
個人が尽力して自身の身体を解明し、環境を整えて適切な食事をできるようになったならば、それは新しい世界の始まりといえます。
食事を通じて土地、環境と繋がり、また、内なる自分と繋がります。
実はこの内なる自分、「真我」とも言われますが、これが個人のこれからの神となります。
集団由来の大雑把な器、食文化に個人が紛れている時代には、自身の神を見つけることは困難だったでしょう。
しかし、人間たちによって食が文化とされ、それが分化され、研ぎ澄まされて辿り着いた現代において、ようやく私たちの誰もにこの道が差し出され始めました。
アニミズム社会の食の規律がまず基盤となり、宗教による食法の確立・選別などがあり、そしてビジネスによる加速的な食文化の拡大と消滅を辿ってきた、食文化の歴史。
これからどうするのか、自分次第です。
ここ茶功アカデミーではやはり、食文化におけるお茶の存在を強調します。
お茶は、歴史が証明している通り、身体・心・魂の食べ物であるからです。
しかしこのお茶というのも、個人によって合うものもあれば合わないものもある。
飲むべきタイミングがあれば、避けるべき時間帯もあるし、お茶を淹れる時にはいくつか気をつけることがあります。
茶功アカデミーでお茶について正しく学び、これからの時代に必要な錬金術、茶功を手にしましょう。