第2章 · 5 / 5
古代から続く調理法
収穫、下ごしらえ、保存、加熱、そして包む。料理を作る順番にそって、アク抜き・萎凋・乳酸発酵・石蒸しといったモンスーンアジアの調理技術をたどります。
モンスーンアジアの風土が育んだ多様な調理法の数々。
今回は、古代の知恵を「料理を作る順番」で追いかけます。
まずは、収穫。
食材を獲る・選ぶ知恵について。
人々は農地を肥沃に保つための知恵を営々と積み重ねてきました。
輪作を行い、穀物の後にマメ科植物を栽培して土壌に窒素を補給する。
畑の周辺の草を緑肥として刈り敷くことで、ミネラル補給と雑草抑制を図る。
焼畑農業にも、土地を管理し再生させるための独特の知恵と技術が息づいていました。
また、収穫にあたっては年間行事の設定が重要です。
それぞれの食材には、それぞれの適期というものがあります。
コミュニティの結束を高め、収穫の感謝と来季の豊作を祈る「収穫祭」は、作業のスケジュールを共有し、収穫という重要な節目を祝うための社会的な共有目標でもありました。
そして、食べ頃の見極め。
例えば、青いバナナが黄色く熟すまでの間の、どのタイミングで食すかを見極めることも重要な技術です。
食物は収穫後も刻々と変化します。
食文化によって、食材の青い状態を好むところもあれば、収穫後に完熟させてから、さらに熟成が少し進んだあたりを好むところもあります。
次は下ごしらえです。
アク抜き・毒抜きは最も原始的な調理技術といえます。
人間は数ある植物の中から食用可能なものを選別してきました。
現代でも、キャッサバのように毒性の強いものや、ジャガイモのソラニンのように処理を誤ると人体に影響を及ぼすものがあります。
同じように 「水晒し」は、イモ類やドングリなどを水に浸し、毒や渋味を抜く技術です。
澱粉質の精製も同時に行われました。
「萎凋」は、ワラビなどの山菜を日陰に置き、食べやすくする技術です。
植物自身の酵素反応によるもので、微生物の働きである発酵とは異なります。
「灰汁抜き」は、木灰の上澄み液で煮る、浸すことで、アクや渋みを効果的に抜く技術です。
加圧による整形もよくみられる下拵えです。
最もシンプルなうちの一つが、「揉む」こと。
食材の組織・細胞をもみほぐし、必要に応じて整形します。
揉むことによって成分がよく抽出されるようになり、発酵反応にも寄与します。
また、水分を移行させて乾燥しやすくし、保存性を高めます。
山岳地帯などでは、保存食づくりでこの技術が特に発達しました。
また、「搗く」こと。
これは穀物文化における基本的な作業です。
臼と杵は脱穀だけでなく、野菜やハーブを潰す器としても多用されてきました。
そして、「挽く」こと。
臼と杵は、やがてより効率的な石臼へと発展し、粉ひき技術が広まっていきました。
文化性が高まってくると、細断による整形がみられるようになります。
例えば、米を麺状にするのは、手間がかかるにも関わらず広く見られる文化です。
一因として、麺料理が麦類主体の雑穀農耕文化に由来することが挙げられます。
もう一つの要因は、細長い形への文化的なこだわりです。
神饌に登場する「なます」は、古代には細切りにした発酵魚肉や鶏肉の料理でした。
細長い形は、高度な文化と技術の象徴であり、「なます」のような手の込んだ料理は、その土地の豊かさや調理技術の高さを表現する一種のステータスシンボルであったとも考えられます。
食材を長持ちさせるための「保存」の技術を忘れるわけにはいきません。
冬がある地域では、食材を如何に保存するかが重要な課題でした。
乾燥は最もシンプルな手法です。
陰干しは素材の色や風味を残しやすく、天日干しは殺菌効果や独特の風味付けが期待できました。
燻製:屋内の炉や煙で食材を燻します。
煙の成分が防腐効果を発揮し、煙の熱と乾燥が脱水を促進します。
そして乳酸発酵:最も重要な保存技術の一つです。
乳酸発酵は広く見られ、お寿司の原型「なれずし」はその代表例です。
米と魚を桶に詰め、重石をして嫌気環境で発酵させることで、冬の貴重なタンパク源を確保しました。
東南アジアの山岳地域では、竹筒に肉、あるいは茶葉を詰めて発酵させる酸味のある料理も見られます。
東南アジアの発酵肉料理と、酢を使った中華料理や日本のお寿司の酸味には、何らかの文化的な繋がりが想像されます。
いよいよ仕上げです。
モンスーンアジアでは「水気」を巧みに操る加熱技術が特徴的です。
石焼き・石蒸しはポリネシアなどで見られる方法です。
食材をバナナの葉で包み、穴に入れた焼き石の上に置き、土を被せます。
食材や葉の水分が蒸気となって食材を蒸し上げます。
同様の技術に、土で包む「叫化鶏」や、竹筒に詰めて焼く方法があります。
東南アジア山岳地に広く見られる文化です。
炭火焼き:包まずに直接火で焼く、最も原始的にして普遍的な調理法です。
蒸す・茹でる:用意した水を使って加熱する、現代にも通じる一般的な方法です。
さいごに一手間。
「包む」ことについて。
ササやバナナの葉で包む文化、餅の皮で包む餃子や包子の文化、海苔で巻く文化。
包むことは、料理の見た目を美しく整えました。
包む材料自体にも機能があります。
葉は香り付けや抗菌作用、皮はうまみや水分を閉じ込める役割を果たします。
例えば、笹で包まれたチマキは笹の清香を帯び、バナナの葉で包まれた魚は葉の風味が移ります。
「包む」ことは、香りと旨味を閉じ込めるだけでなく、祈りやもてなしの心が込められた文化的な行為です。
この包むという一手間には、土地の個性や魂の表現がみてとれます。
この一連の流れは、自然の素材を無駄にせず、美味しく、長く食べるための先人たちの叡智の結晶です。
現代の私たちの台所仕事には、古代の「流儀」が確かに受け継がれています。
文化人類学者の石毛直道がいう通り、まさに、
「食は、文化を移す鏡である」。