茶功アカデミー

自然音の味わい

コオロギの鳴き声、ススキが風になびく音、小川のせせらぎ。
秋の夜長に縁側に佇んでいると、実に味わい深い自然音に包まれます。昼間の緊張感がゆっくりと解けていく。まるで、皮膚から滋養が染み込んでくるかのような感覚があります。

いまではあまり知られていませんが、日本には「虫聴き」という習慣がありました。
その名のとおり、ただ虫の音を聴きに行く。川辺などに気の知れた仲間と赴いて、虫の音を聴きながらしっとりと時間を過ごします。
こんな感じです『虫聴き』(https://youtu.be/Ckd-BA28kb4)。

実際、虫の音のような生の自然音を聴くと副交感神経の働きが高まる、という報告があります。
一つ、音楽家であり科学者でもある大橋力(つとむ)が言う「ハイパーソニック・エフェクト」。熱帯雨林に豊富な、人の耳には聞こえない高い周波数の音が脳の深部を活性化し、心身を整えるという、大橋らの報告です。興味深いのは、この音が耳ではなく皮膚から入るとされていること。大橋はこうした音を、食物の栄養になぞらえて「必須音」と呼んでいます。

これは私の経験としても理解できるところです。心地よいコオロギの音に包まれて朝目覚め、まだ街が動き出す前にゆっくりとお茶を淹れる。こういう静謐な朝に飲むお茶は、格別に上品な味わいがするのです。

一方、これは私の見立てですが、味わいに影響する音は、外の音だけではありません。中の音、つまり自分の身体の内側で何かが起きているときの音も、味わいに関わると考えています。
まず耳を向けたいのは、腸。健全な腸では蠕動運動がなめらかに進み、身体を常に清らかな状態に保ちます。体内のセロトニンの大半は腸で作られ、この蠕動を動かしています。腸が整っていれば、その静けさは迷走神経を通じて脳にも伝わり、身体全体が自然に落ち着きます。
逆に不健全なら、炎症の音が響きます。前夜の食事がまだ腸に残っていると、さまざまなノイズを発するのです。消化しきれなかった脂質は腸内の環境を乱し、その場で炎症反応を引き起こします。腸の粘膜にも肥満(マスト)細胞があるので、炎症やストレスをトリガーにヒスタミンが放たれると、その警報は迷走神経を通って脳に届き、脳はノイズに満たされます。
また、消化しきれずに残ったタンパク質は、腸内で腐敗してアンモニアになります。ふだんは肝臓が処理してくれますが、処理が追いつかないと脳に届き、興奮と抑制の釣り合いを崩すことが知られています。

そして、頭の中。脳には、良いものも悪いものも、あらゆる情報が直接響きます。雑多で粗い情報に満たされた状態、いわゆる煩悩ということなのかもしれませんが、これではお茶の繊細な音が響きません。味わいは、島皮質など脳の感覚を束ねる場所で、あらゆる情報を統合して形づくられるものだからです。日常で見聞きする粗悪な情報と、それによる後ろ向きの思考が、お茶の繊細な味をかき消してしまうわけです。

そこで、自然音のシャワーを浴びることが、これらノイズを除く第一歩になります。
あわせて、お茶の「気」にも耳を澄ませてみます。要素の一つであるテアニンは、脳の興奮を直接和らげます。EGCG は強い抗酸化の働きで、炎症の芽を間接的に摘みます。そしてメチル化カテキンやケルセチンには、ヒスタミンの放出を抑える働きが報告されています。成分の詳しいことは、講座のお茶の有効成分 中編と後編に書きました。
テアニンと EGCG は若い芽に多いので、選ぶなら芽と葉の両方を含む緑茶や白茶を。大きな葉を含む晩茶は、カフェインが控えめなので夜の一杯に向きます。
メチル化カテキンは「べにふうき」などの品種に多く、その緑茶がスギ花粉症の人の症状を和らげたという二重盲検試験があります。

この時期、野外で自然の音を聴きながら良いお茶を飲みましょう。落ち着いた状態で改めて自身を見つめ直し、一年の残りを走り切る。
ただし、虫除け対策はお忘れなく。