茶功アカデミー

第4章 · 4 / 5

茶の気の正体

「このお茶は気が強い」という曖昧な言い回しを、伝統医学と神経科学の両面から掘り下げ、自分とお茶との関係性として捉え直します。

お茶好きであれば一度は耳にしたことがある「お茶の気」という言葉。

「華やかな感じ」とか「濃厚」といった、香りや味わいとはまた別の表現のときによく言われます。
例えば、「このお茶は気が強い」とか、「気が合ってる気がする」とか。
なんとも曖昧ですが、自分とお茶との関係性を表現するのに便利です。
今回は、この「お茶の気」について掘り下げます。
自分とお茶との関係性を、神経科学の観点からできる限り明らかにします。
そして見出される「お茶の気の正体」を、ご自身の移し鏡ととらえ、より良いお茶生活の参考としていただければと思います。

そもそも「気」とは何でしょうか?
例えば、「やる気」や「本気」、「無気力」や「落ち込み気味」といった、個人のムードを表現することがあります。
また、「空気」や「呼気」といった空間上の物質的要素を表現することもあります。
中国の伝統医学においては、「気」は心身のあらゆるレベルに作用する重要な因子として位置付けられています。
「気の乱れ」が、免疫系・循環系・神経系などに悪影響をもたらすのです。
インドの伝統医学においても、「気を整える」ことの重要性が説かれています。
よく知られた「ヨガ」の、その言葉の意味は、「自己と世界を結び、調和すること」なのです。
これらを踏まえても、やはり「気とはなにか?
」を明確に理解することは難しいかもしれませんね。
おそらく、気というものを分解して細かくしながら解明しようとしたら、さらに難しいでしょう。
それはしかし、実は、気の本質でもあります。
つまり、気とはダイナミックであり、常に揺らいでいるのです。

さて、ここでは、「茶の気」というときに、お茶自体の「気」と、お茶を飲む人の「気」に作用するお茶の要素の2つがある、という見方をとります。
お茶自体の「気」は大きく2つあります。
EGCGなどポリフェノール類、またクロロフィル・ベータカロテンなど色素成分を含めたいわゆるファイトケミカルです。
これらの総和とバランスが、特定の電気的状態を形成します。
ORPという指標は、この状態を科学的に特定することに使われます。
もう一つは、香気成分です。
お茶を最も強く印象づけるのは、リナロール・ゲラニオールといった各種の香り成分であり、香り成分こそがお茶自体の「気」の主役です。

一方で、旨味成分と言われるテアニンや興奮・覚醒状態をもたらすカフェインは 人体に取り込まれてから一定の処理を経て、ヒトの「気」に影響します。
これもお茶の気であると考えます。
各種ポリフェノール類、例えばEGCGやケルセチンは様々な効能があることが知られています。
抗酸化・抗炎症作用に加え、神経保護的な作用も示されています。
これだけではありません。
ヒトの五感が捉えるすべてのお茶要素が気に影響する可能性があります。
即ち、嗅覚からは香気成分が、味覚からは滋味成分が、視覚からは形状・色の情報が、触覚からは皮膚・舌・口蓋の感覚情報が、 人体の特定の器官・組織を経て統合され、瞬間的な「気分」を作り出します。
つまり「茶の気」は、飲む人を通じて、その人特有の統合的処理を経たのちに立ち現れてくるのであり、 これがために、ご自身の「いまここ。
」の移し鏡となるのです。

具体的に、個々人の何が茶の気に作用するのでしょうか?

まず、栄養学的・生理学的な健康状態です。
例えば焼肉食べ放題のあとでは、満腹中枢が活性化しているためにお茶の味がぼやけてしまうかもしれません。
すると、いつもと同じお茶でも、脳に届く信号が異なり、結果として異なる風味を知覚します。
腸の炎症状態は、神経系を介して感覚の鋭敏さにも影響しうることが知られています。
また、神経学的なバランス状態です。
慢性的なストレスにより神経伝達物質のバランスが崩れると、感覚器からの信号がしっかりと認識されません。
せっかく良質なお茶を飲んでも、「よく分からない。遠い。」という状態となってしまい、結果として生理的反応、茶の気が鈍ります。
そして、時間・季節も大事です。
人体の仕組みはサーカディアンリズムというダイナミックで宇宙的なアルゴリズムの制御下にあります。
一日の時間、季節によって、体内時計の中枢である視交叉上核がホルモンや自律神経のリズムを統制し、それが神経伝達物質のバランスにも影響します。
これが例えば深夜残業や陽に当たらない生活、時差ぼけといった生活因子によって破綻すると、神経バランスが崩れてしまいます。

個々人の遺伝子は、各人の経験する「茶の気」の決定的要素となります。
また、これまで生活・環境が個々の遺伝子にもたらしてきている生活由来の遺伝的個性、つまりエピジェネティックな変化も重要です。
例えば分かりやすい例で言うと、遺伝子変異によるカフェイン不耐の人にとっては、ノンカフェインのお茶でない限り、お茶を飲むと脳内の音量がなかなか下がらなくなります。
逆に、テアニンの受容感度が高い遺伝的背景を持つ人は、お茶のリラックス効果をより深く享受できるかもしれません。
このような遺伝子変異の発現程度は、日頃の食事や行動様式、環境などによって変動します。
これがエピジェネティック要素です。
長期的な食習慣や喫煙、ストレスなどが遺伝子スイッチの入り方そのものを変えてしまい、本来の代謝能力が充分に発揮されなくなることがあります。
ということで、以上を踏まえて「お茶の気の正体」とは何かというと、それは自身の現在地を映す鏡である、といえるでしょう。

ところで、日本の茶道には多くの作法があり、お茶を飲むまでのプロセスがおおよそ規定されています。
これによって、お茶の体験、お茶の気を感ずることに集中でき、「自身の現在地」を知覚するに至るわけです。
世界各地にみられる文化的な儀礼・儀式も、おおよそ同様の目標があるのではないでしょうか。

より良いお茶体験を得る、茶の気を良くしていくためにできることはなんでしょうか?
まずは、「気」の変数について最適値を保ち続けること。
つまり心身の健康を整えることです。
健康の先に、より深いお茶の世界が広がっています。
ここには遺伝的要因も絡みます。
自身の遺伝的な個性を知ることで、より精度の高い選択ができるようになります。
そして、より良いお茶、茶葉を確保することです。
茶の気の大元となる茶葉にそもそも充分な素質、成分、気がなければ全てが成り立ちません。

幸い、世界には多くの良質な茶葉があります。
じっくりと「気が合う」茶葉を探してみてください。
なければ、自分で作り出しましょう。