記憶の形
「プラムのような香り。メロンの舌触り。武蔵野の渓流を思わせる、清々しい飲み心地。」
そう言われて手に取ったお茶を飲んでみると、どちらかといえば、朝霧のかかった湖畔の土の匂いがする。
味わいという抽象的な概念は、複合的です。まず空間軸では五つの層があり、衣食住、そして社。最後に、天。
時間軸は、これらの歴史、来歴が担います。
例えば、マタギの暮らしを想像してみましょう。
朝早くから、藁の蓑をまとい、わらじで山に入る。地面に伏して、何時間も獲物が現れるのを待つ。頭の中は狩りに集中。鳥の鳴き声、風に揺れる梢、遠くのせせらぎの音が脳を淡々と通過する。雨後の土からは仄かに甘い匂いがする。
そして一瞬の、「パーッン」。
ジビエの醍醐味といえば、野の味。囲炉裏に吊るされた鉄鍋でじっくりコトコトと煮込み、野生動物が重ねた食の歴史をいただく。
四角い天窓から秋晴れの陽が食卓を照らしている。
この暮らしに流れる「音」は、どんなものでしょう。
また、都内山手線沿いの暮らしを想像してみましょう。
こちらは、どうでしょうか。
衣食住、社、天。日々触れる空間の要素と、その積み重ねは、実はあなたの身体に保存されています。その入口が、脳の海馬です。
自分が明らかに「知っている」猟銃の発砲音も、「聞き流し」ていた渓流のせせらぎも。腐葉土の芳しさも、後追いで感じるジビエの脂も、脳の奥まった小さな領域を通って、残るのです。
五層を一絡げに表現するならば、「環境」です。
そしてこの環境を貫く一連の現象とは、「音」である、と考えます。
環境音とその来歴は、意識的にも無意識的にも「記憶」になります。
実際、記憶は、脳の細胞のつながりの変化として物理的に保存されます。ある環境音に触れたとき、そのとき一緒に働いた細胞の集まり、例えばジビエを味わう味覚系の細胞群、その結びつきが残ります。これが記憶の実体です。
重要なのは、その保存のしかたです。脳の海馬は、環境音を要素ごとにばらばらに仕舞うのではなく、その場にあった要素同士の関係を一つの束にして保存します。その瞬間の五層が、一つの形として残る。
そして、一度束になった記憶は、一部の手がかりだけで全体が戻ってきます。せせらぎを聞いただけで、あの日の土の香りと、風の温度までが立ち上がる。
作曲家 Max Cooper の最新アルバム『Feeling Is Structure』の一曲、「The Shape Of Memory」(https://youtu.be/oJzmamTmr8o)は、記憶のかたちを音と映像で扱っています。元は遺伝子の制御の仕組みを研究していた計算生物学者で、こう述べています。
「私たちには、形を通して自分を世界にこぼし出す、驚くべき能力がある」。
人間にとって記憶とは、単なるメモ書きではありません。
環境音のスナップショットの重奏であり、いまのあなたの気分の、ほぼ実体です。
そして「いまここ」のスナップショット、例えば一杯のお茶がトリガーとなり、「いまのあなた」を形作ります。
だから、毎日の体験こそ、より良くしていかなければいけません。
日々のお茶にこだわる。環境に妥協しない。そして、環境を俯瞰する。
奥多摩の渓流にいながら、そんなことを思いました。